11/20/2024

【Part 1:前編】SysMooreとは?次の10年の半導体業界の見通しとムーアの法則が直面する課題を徹底解説!

A micro processor sitting on top of a tableコンヴェクィティ  コンヴェクィティ
  • 本稿は、ムーアの法則がデータセンターレベルへ進化した「SysMoore」をテーマにした3部構成シリーズのPart 1です。 
  • Part 1では、ムーアの法則が直面する課題と、さらなる性能向上を追求する中で業界が「SysMoore」へと軸足を移している現状について解説します。 
  • 続くPart 2とPart 3では、SysMooreにおける革新が進む具体的な分野を深掘りしていきます。
  • 特に本稿では、「SysMooreとは?」という基礎的な内容から、次の10年の半導体業界の見通しとムーアの法則が直面する課題を詳しく解説していきます。
  • ムーアの法則が物理的限界に近づく中、半導体業界は特化型コンピューティングや高度パッケージング技術を活用し、性能向上を追求しています。 
  • AI市場の成長は例外的で、特にエヌビディアや関連技術が中心となり、インメモリコンピューティングやSysMooreといった新技術が注目されています。 
  • 高度パッケージング技術の需要拡大に伴い、ファウンドリ企業やインテルなどが市場の地位を強化しており、半導体業界の革新を支えています。

次の10年の半導体業界とは?

これからの10年間、半導体投資は鈍化する可能性があります。

循環的な値動きを超える多くの投資機会は、市場全体に連動するベータ型の投資に留まると予想されます。

ムーアの法則が物理的限界に近づく中、業界の大手企業はさらなる統合を進めています。

最先端の技術開発には膨大な研究開発費と高度な運用ノウハウが求められるため、既存の主要プレイヤーがその支配力を一層強めると見られています。

過去10年では、EUV(極端紫外線リソグラフィー)が技術革新を牽引し、レーザーテック(6920)やASM(ASM:NA)など中堅企業にも成長のチャンスをもたらしました。

一方、GaN(窒化ガリウム)やSiC(炭化ケイ素)などのパワー半導体は注目されているものの、コモディティ化や中国企業との競争というリスクがつきまといます。

AI分野は例外的な存在で、業界の統合傾向をさらに加速させています:

・AI論理チップ:CerebrasやTenstorrent、ブロードコム(AVGO)といった挑戦者がいる中でも、エヌビディア(NVDA)が圧倒的な存在感を示しています。

・AIメモリ:SKハイニックス(000660.KS)、サムスン電子(005930.KS)、マイクロン・テクノロジー(MU)が市場をリードしていますが、インメモリコンピューティング(In-Memory Computing) 技術の台頭が市場に変革をもたらす可能性があります。

・AIリソグラフィーとパッケージング:ASML(ASML)、ラムリサーチ(LRCX)、アプライド・マテリアルズ(AMAT、KLA(KLAC)、TSMC(TSM)といった企業がほぼ独占しています。

・AI電源と冷却技術:大手企業が優位を保っていますが、DLC(直接液冷)技術が冷却のあり方を変える可能性があります。

・AIネットワーク:Alphawaveやアステラ・ラブズ(ALAB)のような新興企業がニッチな分野で存在感を発揮しています。

因みに、インメモリコンピューティングとは、データ処理をメモリ(RAM)内で直接行う技術のことです。

従来のコンピューティングでは、データをストレージ(HDDやSSD)から読み出してCPU(コンピュータの「頭脳」ともいえる存在で、データの処理や計算、命令の実行を担う主要なハードウェア部品)で処理し、その結果を再びストレージに書き戻す、というプロセスを経るため、データの移動による時間やエネルギーのロスが発生します。

しかし、インメモリコンピューティングでは、このデータ移動を最小限に抑え、メモリ内で直接演算を行うことで、処理速度の向上や電力消費の削減を実現します。

足元、半導体の技術革新はペースダウンしており、将来的なリターンの伸びには限りがあると考えられます。

ただし、AI市場は年平均20%以上の成長が見込まれており、特にエヌビディアを中心とした企業の成長が期待されています。

一方で、既存のリーダー企業への投資に加えて、SysMoore、DSA、STCOといったシステムレベルでムーアの法則を延命させる技術分野にも、今後の投資チャンスがあるかもしれません。

SysMooreとは、ムーアの法則が物理的限界に近づく中で、システム全体を最適化することで性能向上を図る新しいアプローチを指します。

この概念は、2022年にシノプシスSNPS)のCEO、アート・デ・グース氏が提唱しました。

また、DSAは、特定の計算領域やワークロードに最適化されたアーキテクチャを指します。

RISC(Reduced Instruction Set Computer)アーキテクチャの提唱者であるデビッド・パターソンが提唱した概念です。

そして、STCO は、従来のDTCO(Design Technology Co-Optimization、設計技術協調最適化)を超えたアプローチで、システム全体のレベルで設計と技術を統合的に最適化することを指します。

では、上記3つの中のSysMooreについて、より詳細に解説していきたいと思います。

SysMoore

ムーアの法則の進展は鈍化しているものの、協調的な最適化によって性能向上は続いています。

GPUを中心としたサーバーが半導体の進化を牽引し、AIデータセンターでは、高密度化や信頼性の向上、効率的な熱管理が求められるようになっています。

この需要の変化により、これまで低収益とされてきたITハードウェアベンダーが、成長を支える重要な存在へと進化しています。

ムーアの法則の課題

「ムーアの法則は終わったのか?」という議論がよく聞かれます。

答えは「イエスでもあり、ノーでもあります」。

1965年にゴードン・ムーアが提唱した予測では、「チップ上のトランジスタ(電流や電圧を制御する電子部品の一つで、現代の電子機器やコンピュータの中核をなす重要な要素)数が毎年(後に2年ごと)倍増する」とされており、これによってより高速で安価、効率的なチップが実現してきました。

たとえば、スマートフォンではバッテリーの持続時間の向上につながりました。

しかし、近年ではムーアの法則が限界に近づいているとの指摘も多く聞かれます。

(出所:The Economist)

トランジスタを小型化しても電力密度を一定に保てる「デナード則」が2000年代半ばに崩壊し、電力漏れや熱問題、量子効果などの課題が表面化したことで、単にトランジスタを縮小するだけでは必ずしも性能向上が得られなくなっているのです。

デナード則とは、1974年にIBMのロバート・デナード博士とその研究チームによって提唱された、トランジスタのスケーリングに関する理論です。

この法則は、半導体プロセスの微細化が進むにつれて、トランジスタの性能がどのように向上するかを示しています。

現在もトランジスタの数自体は増え続けているものの、クロックスピードや電力消費はほぼ横ばい状態にあり、シングルコアの性能向上もほとんど見られません。

(出所:A Resource-Aware Multicore CGRA Architecture for Edge Applications)

一方、GPUやTPU、ASICといった特化型チップは、並列処理を活用することで進化を遂げています。

GPUとは、グラフィックス処理ユニットの略で、もともと画像処理や描画を高速化するために設計されたハードウェアです。

また、TPUとは、テンソル処理ユニットの略で、アルファベット(GOOG)がディープラーニングのために独自開発したハードウェアです。

特に、ニューラルネットワークの計算を効率化するよう最適化されています。

そして、ASICは、特定用途向け集積回路(Application-Specific Integrated Circuit)の略で、特定のタスクを効率的に実行するために設計された専用ハードウェアです。

CPUが順次処理を行うのに対し、GPUはシンプルなコアを多数並列に動かすことで性能を向上させています。

ただし、並列処理には高度なソフトウェアや設計が必要で、技術的なハードルは依然高いものです。

トランジスタ密度の成長が鈍化する中、半導体業界は特化型コンピューティングへシフトしています。

特に生成AI(GenAI)の需要が高まったことで、ムーアの法則を超える新たな性能向上の道が再び注目されています。

(出所:ASMLの2021年9月Investor Day資料

そのため、「2年ごとにトランジスタ数が倍増する」という時代は過ぎ去ったかもしれません。

しかし、新たなパフォーマンスの可能性を追求することで、技術革新は今も続いています。

ムーアの法則は、その精神を受け継ぎながら、次なる課題に適応しているのです。

SysMooreへの移行

AIの急速な進化は、10年間で単一チップの計算性能が1000倍に向上するという大規模なスケーリング(オーダー・オブ・マグニチュード、OOM)によって支えられています。

クラスタ(複数のコンピュータやサーバーを結合して1つのシステムのように機能させる構成)の規模も2014年のAlexNetで使われたGTX 580が2枚の構成から、2024年のX.ai Memphisでは10万台のH100にまで拡大し、これまでにないAIトレーニング能力を実現しています。

因みに、AlexNetとは、ディープラーニング(深層学習)の分野で革新的だったニューラルネットワークモデルです。

2012年の「ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge(ILSVRC)」で、従来の画像認識技術に比べて大幅な精度向上を達成し、ディープラーニングの普及を加速させました。

そして、GTX 580は、エヌビディアが2010年に発売したGPUで、Fermiアーキテクチャを採用しています。

AlexNetのトレーニングに使用され、ディープラーニングの黎明期における重要なハードウェアの1つです。

加えて、H100は、エヌビディア(NVDA)が2022年に発表した次世代GPU「Hopperアーキテクチャ」を採用した、ディープラーニングやHPC(高性能計算)向けの高性能GPUです。

しかし、さらなる効率向上には、チップ単体ではなくシステム全体の革新が欠かせません。

そして、AIクラスタに求められるのは以下の要素です:

・高密度化:GPU間の距離を短縮し、高速ネットワークのコストを削減。

・高信頼性:大規模クラスタでは、1つの障害がトレーニング全体に影響を及ぼします。

・高い柔軟性:データセンターが顧客のニーズに応じたGPU構成に対応可能であること。

・高い電力効率と冷却性能:コア数やチップレット設計の拡大に伴い、消費電力や発熱が増加しており、先進的な冷却技術が必要です。

これらの課題を克服するには、システム全体を最適化する必要があります。

それは、チップ単体のスケーリングでは限界に達しているためです。

過去10年間でエヌビディアは、1000倍の性能向上とGPUクラスタの大規模化を通じてAI革命を牽引し、新たな需要とユースケースを創出してきました。

このスケーリングによりモデル性能が向上し、計算コストが削減され、AIの進化と需要拡大の好循環が生まれています。

現在の状況は、ドットコム時代初期の普及期に似ています。

進化を持続させるには、性能とコストの継続的な改善が必要です。

もし性能向上が停滞すれば、エヌビディアはインテル(INTC)のような評価にとどまるリスクがあります。

2年ごとに性能を2倍に向上させることが、AIを手頃な価格で提供し、普及をさらに進める鍵となります。

さらに1000倍の性能向上が達成されれば、AIのコスト削減と需要拡大が劇的に進むでしょう。

しかし、この進化を実現するには、チップ単体の革新だけでは不十分です。

エヌビディアが1000倍の向上を達成できた背景には、ノードの微細化(28ナノメートルから5ナノメートル)やデータフォーマットの効率化(FP32からINT8)など、複数の技術革新がありましたが、これらの手法も限界に近づいています。

今後10年間で最も重要なのは、システムレベルでの最適化でしょう。

サーバー、ラック、熱管理、電源供給など、システム全体で効率向上の余地が残されています。

そこで登場するのが、2022年のISSCC(International Solid-State Circuits Conference:国際固体回路会議)でアート・デ・グース氏が提唱した「SysMoore」という概念です。

この考え方は、ムーアの法則を維持または超えるためにシステム全体の革新を重視するものです。

トランジスタスケーリングが鈍化する中、エヌビディアはシステムレベルでの進化によって1000倍の性能向上を可能にすることを実証しました。

また、シノプシスSNPS)によるAnsys(ANSS:エンジニアリングシミュレーションソフトウェアを提供する企業)の買収は、システムレベルのEDA(電子設計自動化)やシミュレーションツールが次の10年間の変革を支える鍵となることを示しています。

高度パッケージングの進化と現在の重要性

現在のSysMoore時代では、高度パッケージング技術が半導体業界で欠かせない役割を果たしています。

エヌビディア(NVDA)はBlackwell(エヌビディアが開発した次世代のAI向けGPUアーキテクチャ)以前から、高速メモリアクセスを可能にするためにHBMメモリ(高速かつ高帯域幅のメモリ技術)とGPUロジックダイ(GPUの中核となる計算処理を担当する半導体チップ部分)を統合する高度パッケージングを活用してきました。

そしてBlackwell世代では、チップレット設計とCoWoS-L技術を導入し、複数のロジックダイを効率的に接続しています。

因みに、チップレット設計とは、従来の単一のモノリシックチップの代わりに、機能ごとに分割された小さなチップ(チップレット)を複数組み合わせて1つのプロセッサやシステムを構築する設計手法です。

そして、CoWoS-Lは、TSMC(TSM)が開発した半導体パッケージング技術で、大規模なインターポーザ(中間基板)を利用して、複数のチップレットを接続します。

この技術により、ASML(ASML)のレチクルサイズの制約を克服するとともに、コスト削減とスケーラビリティの向上を実現しました。

当初、高度パッケージングはコストが高く用途も限られていたため、採用は限定的でした。

2000年代にTSMCの蒋尚義(Chiang Shang-yi)氏がその可能性を提唱したものの、ムーアの法則が2014~2015年頃に鈍化するまで、その価値が十分に認識されていませんでした。

しかし現在では、生成AI(GenAI)ブームが高度パッケージングを不可欠な技術に押し上げ、HBMメモリやマルチダイ(1つの半導体パッケージ内に複数の独立した半導体チップを配置する設計手法)接続の需要が急増しています。

一時は低技術・低利益率と見られていたパッケージング業界ですが、TSMCの売上の約10%を占めるまで成長しており、今後は20%以上に拡大するとの見方もあります。

そして、従来型のパッケージング企業は競争で不利な立場に立たされています。

高度パッケージングには、大型シリコン基板や高速インターコネクトが求められ、これらの分野ではTSMCのようなファウンドリ(他社が設計した半導体チップを製造する専門企業)が強みを発揮しています。

インテル(INTC)もFoveros(3D積層パッケージング技術:異なるダイを垂直に積み重ねることで、より高い性能と効率を実現)やEMIB(2.5Dパッケージング技術:複数のダイを水平に接続するための低コスト・高効率なソリューション)といった技術を活用し、低遅延かつ高速な基板設計で市場の地位を強化しています。

そして、AWSやブロードコム(AVGO)がインテルのソリューションを採用するなど、インテルは高度パッケージング市場での存在感を高めています。

また、メモリベンダーにとっても、ハイブリッドボンディング技術(半導体チップ間を電気接続と機械接続の両面で結合する技術)の導入は大きな利点があります。

この技術によりアナログとデジタル部品を分離することで歩留まりが向上し、さらなるスケーリングが可能となります。

中国のNAND(データを不揮発性で保存するフラッシュメモリの一種)メーカーであるYMTCは232層の3D NANDで業界をリードしていますが、米国の制裁という課題に直面しています。

一方、WFE(ウェハー製造装置)メーカーのBE・セミコンダクター・インダストリーズ(BESIは高度パッケージング需要の高まりに伴い、急成長を遂げています。

高度パッケージングの需要が拡大する中、この技術は半導体業界のイノベーションと収益成長をけん引する重要な柱となっています。

以上より、シリコン基板、インターコネクト、ハイブリッドボンディングといった分野で優れた技術を持つ企業が、次世代のチップ製造の未来を切り拓いていくことと見ています。

後編では、テスラ(TSLA)やAWS(AMZN)等の大手テクノロジー企業各社の足元の取り組みの詳細な分析を通じて、半導体企業の今後の見通しを詳しく解説していきます。

※続きは「【Part 1:後編】半導体業界の将来性とは?大手テクノロジー企業の半導体業界における取り組みを徹底解説!」をご覧いただければと思います。

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