セレブラス(Cerebras)のIPO:注目の米国AI半導体企業が上場申請も短いロックアップ期間はリスク要因で要注意?
ダグラス・ オローリン- 本稿では、注目の米国AI半導体企業であるセレブラス(Cerebras)のIPO申請に伴うPreliminary S-1資料の詳細な分析を通じて、当IPOに関するリスクを詳しく解説していきます。
- セレブラスは、高性能コンピューティング用のAIプロセッサを開発する米国の企業で、主要な顧客はアラブ首長国連邦に拠点を置くG42となっています。同社は上場を申請していますが、リスクが多く含まれているように見えます。
- G42との契約がセレブラスは売上の大部分を占めていますが、その関係には株式の希薄化など多くのリスクが伴います。また、今回の資金調達ラウンドは以前よりも評価が下がっており、条件は厳しいものとなっています。
- セレブラスのIPOには多くの問題があり、特にロックアップ期間が異例に短い点が目立ちます。これにより、経営陣等による株式の売却が早期に行われる可能性があり、投資家にはリスクが大きいようにも見えます。
セレブラス(Cerebras)とは?
セレブラス(Cerebras)は、高性能コンピューティングに特化したアメリカの企業で、大規模な人工知能(AI)やディープラーニング向けのプロセッサを開発しています。特に、世界最大のチップである「ウェハースケールエンジン(WSE)」が特徴で、AIの計算処理速度を大幅に向上させることを目指しています。そして、同社はIPOの申請をしています。
本稿では、同社のテクノロジーに関する話はしませんが、このIPOには至るところに地雷があるように見えることから、その中でも特に面白い点をいくつか取り上げたいと思います。もちろん背後にはG42がいますが、想像以上の内容となっています。こちらがPreliminary S-1です。
関連用語
G42:アラブ首長国連邦(UAE)に拠点を置くテクノロジー企業で、人工知能(AI)、クラウドコンピューティング、データ分析などの分野で技術を提供。主に政府や産業向けに高性能コンピューティングとAIソリューションを提供。
Preliminary S-1:企業が新規株式公開(IPO)を行う際に米国証券取引委員会(SEC)に提出する書類のドラフト版。この書類には、企業の財務状況、事業内容、リスク要因などが記載されており、投資家が企業の公開株式に関する判断をするための情報が提供されている。
セレブラス(Cerebras)の取引先であるG42との関係とは?
G42はセレブラス(Cerebras)にとってほぼ唯一の顧客です。では、Preliminary S-1の詳細を見ていきましょう。
(原文)We generated significant revenue from G42 for the six months ended June 30, 2024 and 2023, representing $119.1 million and $3.7 million, respectively, or 87% and 43%, respectively, of our total revenue. During the six months ended June 30, 2024, G42 represented $101.3 million, or 97%, and $17.8 million, or 56%, of hardware revenue and services and other revenue, respectively. During the six months ended June 30, 2023, G42 represented $3.7 million, or 52%, of services and other revenue.
(日本語訳)当社は2024年および2023年6月30日に終了した6か月間で、G42からそれぞれ1億1,910万ドルと370万ドルの売上を上げており、全体の売上の87%と43%を占めています。2024年の上半期では、ハードウェア売上の97%にあたる1億1,310万ドル、サービスおよびその他の売上の56%にあたる1,780万ドルがG42からのものでした。2023年の上半期では、サービスおよびその他の売上の52%にあたる370万ドルがG42からのものでした。
これはまさにG42に関して説明しています。彼らは高性能コンピューティング契約を結び、前払いを済ませています。
(原文)In September 2024, the Company received a purchase order and prepayment from a customer for high performance computing systems, installations, and support services for a total of $350.0 million. The prepayment will be used for payments to third-party vendors to manufacture high performance computing infrastructure and fulfills a portion of the purchase order commitments under the G42 May 2024 Agreement.
(日本語訳)2024年9月、当社は顧客から高性能コンピューティングシステムの提供、設置、サポートサービスに関して、総額3億5,000万ドルの発注と前払いを受け取りました。この前払いは、高性能コンピューティングインフラを製造するためのサプライヤーへの支払いに使われ、2024年5月に締結したG42契約に基づく発注の一部を履行するものです。
しかし、よく見てみると雑さが目立つように感じます。さらに、株主構成は複雑で、引受銀行も米国の大手行は含まれておらず、流動性に関しても問題が多いように見えます。
セレブラス(Cerebras)を取り巻く一連の大きな問題
では、まずはセレブラス(Cerebras)の主要な上場前のプライマリー市場での資金調達動向について話しましょう。どれだけの株が市場に出回るのかは現時点では不明ですが、G42は最近、シリーズF-2ラウンドにて、同社の株式を1株あたり約14.66ドルで購入しています。
これは2025年4月15日までに大規模な株式の希薄化を引き起こすことになります。ちなみに、この希薄化は現在の株数には反映されておらず、初期手続きが終わった後に起こる予定です。
(原文)Pursuant to the Preferred Stock Purchase Agreement, G42 agreed to purchase an aggregate of approximately 22.9 million shares of our Series F-2 redeemable convertible preferred stock (or, if purchased following the completion of this offering, shares of our Class N common stock) at $14.66 per share, for anticipated gross proceeds to us of $335.0 million (the “G42 Primary Purchase”). G42 has committed to purchase these shares by April 15, 2025. Following the completion of the G42 Primary Purchase, the shares owned by G42 will represent approximately % of our outstanding capital stock following the completion of this offering (or approximately % of our outstanding capital stock if the underwriters exercise in full their option to purchase additional shares from us). Additionally, pursuant to the Preferred Stock Purchase Agreement, under certain circumstances, G42 will have the option to purchase additional shares of our Class N common stock at a 17.5% discount to the then-fair market value of our shares of Class A common stock. For additional information, see the section titled “Certain Relationships and Related Party Transactions.”
(日本語訳)優先株購入契約に基づき、G42は当社のシリーズF-2償還可能な転換優先株(または、このオファリング完了後に購入する場合はクラスN普通株)を1株あたり14.66ドルで約2,290万株購入することに合意しました。これにより、当社は約3億3,500万ドルの資金調達を見込んでいます(「G42プライマリー購入」)。G42は2025年4月15日までにこれらの株式を購入する予定です。G42プライマリー購入完了後、G42が保有する株式は、オファリング完了後の当社発行済株式の約%を占めることになります(引受人が追加購入オプションを全行使した場合は約%)。また、優先株購入契約に基づき、特定の条件下でG42はクラスA普通株の当時の公正市場価値から17.5%割引で当社のクラスN普通株を追加購入するオプションを持っています。詳細は「特定の関係および関連当事者取引」のセクションをご覧ください。
そして、これは前回のFラウンド(1株あたり約27.74ドル)から大幅に値下がりしたダウンラウンド(企業が以前の資金調達ラウンドよりも低い評価額で新たな資金を調達すること)でした。
(原文)In October 2021, we entered into a Series F redeemable convertible preferred stock purchase agreement with various investors pursuant to which we issued and sold an aggregate of 9,168,419 shares of our Series F redeemable convertible preferred stock at a purchase price of $27.7448 per share, for an aggregate purchase price of $254.4 million in multiple closings through December 2021.
(日本語訳)2021年10月、当社は複数の投資家とシリーズFの償還可能な転換優先株式の購入契約を締結し、1株あたり27.7448ドルで合計9,168,419株を発行・販売しました。これにより、2021年12月までに複数回にわたり、総額2億5,440万ドルを調達しました。
さらに悪いことに、G42との契約を獲得した後、株主の持ち分を大きく希薄化させる巨大なオプションがあります。5億ドル以上の購入契約がある場合、その契約額の10%を直近の転換価格から17.5%割引で取得できます。また、5億ドルを超える購入には、公正市場価値から1.75%の割引が適用され、さらに株式を購入する権利が得られます。
(原文)Pursuant to the Series F-1 Purchase Agreement, if G42 or certain third parties at the direction of G42 purchase more than $500.0 million in one purchase order, and less than $5.0 billion in the aggregate, of high-performance computing clusters from us (the “G42 Option Threshold”), the Company will grant G42 the option to purchase additional shares of Series F-1 redeemable convertible preferred stock (or, if such option is granted or exercised following the completion of the Company’s initial public offering, shares of the Company’s common stock), subject to the terms thereof (the “G42 Option”). The maximum number of shares that may be purchased pursuant to the G42 Option will be the quotient of (i) the total aggregate purchase price for the G42 Option, which will equal 10% of the value of the relevant purchaser order(s), divided by (ii) (A) if the G42 Option is granted and exercised prior to the completion of the Company’s initial public offering, a price per share that is 17.5% below the price per share of the Company’s then most recent arms-length sale of the Company’s redeemable convertible preferred stock
(日本語訳)シリーズF-1購入契約に基づき、G42またはG42の指示を受けた特定の第三者が、当社から高性能コンピューティングクラスターを一度に5億ドル以上、合計で50億ドル未満購入する場合(「G42オプションの条件」)、当社はG42に追加のシリーズF-1償還可能な転換優先株(または当社のIPO完了後の場合は普通株式)を購入するオプション(「G42オプション」)を付与します。G42オプションで購入できる株式の最大数は、(i) G42オプションに基づく総購入価格(該当する注文の価値の10%)を、(ii) (A) 当社のIPO完了前にオプションが付与・行使された場合、当社の直近の通常取引での転換優先株の価格から17.5%割引した価格で割った数となります。
つまり、G42の場合、セレブラスのプロダクトを買えば買うほど持ち分が増えるんです!エヌビディア(NVDA)のジェンセンCEOもメモを取っているかもしれませんね。
一番笑えるのは、CoreWeave(エヌビディア関連企業)に関する疑惑(財務報告や事業活動において不正や誤解を招くような情報を提供している可能性があるというもの)が、セレブラスやG42が関わる一部のケースにも当てはまる可能性があるという点です。でも、これが一番の問題点という訳ではございません。
内部関係者はできるだけ早く同社の株式を売り払おうとしています。売上を大きく見せてIPOを目指すのはよくある手ですが、本当の狙いはロックアップがとんでもなく異例なことです。
見てください。決算発表後、連続する最初の5営業日のうち2日でIPO価格の125%以上(25%の上昇)を記録すれば売却できる、という条項があります。これが「早期解除条項」です。
(出所:セレブラスのPreliminary S-1)
さらに、ロックアップの期間も異例で、2024年12月31日時点の決算発表、または180日経過のどちらか早い方で解除されます。決算発表は四半期終了後約1か月後なので、仮に10月末にIPOした場合、早ければ1月31日か2月初旬には解除されることになります。通常のロックアップ期間の半分程度、つまり約80〜90日しかありません。
(原文)Class A common stock for a period ending on the earlier of (i) 9:30 a.m. Eastern Time on the second trading day immediately following our public release of earnings for the year ending December 31, 2024 and (ii) 180 days after the date of this prospectus (the “Lock-up Period”).
(日本語訳)クラスA普通株については、次のいずれか早い方までの期間が対象です。(i) 2024年12月31日終了の年度決算を公表した直後の2営業日目午前9時30分(東部時間)、または(ii) この目論見書の日付から180日後(「ロックアップ期間」)。
さらに詳しく見ていくと、CEOはすでに一部の株を売却しており、経営陣の株も早期に買い戻せる状況です。セレブラスの経営陣が何としてでも株を売りたいのは明らかであるように見えます。G42に割引価格で製品を売り、早期解除で株を公募市場に売り、さらには転換可能な株も売ろうとしています。
これは非常に異例であり、さらに、IPOの規模を考慮した場合、この目論見書に載っている引受銀行のリストに米国の大手行が含まれていない点は気になります。
(出所:セレブラスのPreliminary S-1)
同社経営陣の動きには感心しますが、このIPOは市場にできる限り多くの株を放出することを狙っているように見えます。前回のラウンドで約27.74ドルだった株価は、希薄化を考慮すると企業価値が約40〜50億ドルになります。
もしかするともっと低い株価で上場されるかもしれません。同社のテクノロジーに関するレビューは専門の人に任せますが、このIPOの構造は「ポンプ・アンド・ダンプ(株価を人為的に釣り上げ(ポンプ)、高値になったところで保有株を売り抜け(ダンプ)て利益を得る詐欺的な手法)」に近い印象を受けます。
上場してから、G42からの巨額注文とそれによる大幅な売上で良い業績を発表し、その勢いでできるだけ早く株を売り払う計画です。
その後、1年ほどの間にG42がプライマリー市場とオプションの実行により大株主となる可能性があります。もし彼らがその価値を信じているのであれば、それがうまくいくかもしれません。結果は時間が教えてくれるでしょう。
IPOの目論見書では、Non-GAAPの発行済み株式数を示そうとしていますが、このオファリングではさらに2,280万株以上の希薄化が「除外」されており、さらに1,000〜2,000万株のRSU(制限付き株式ユニット:企業が従業員に付与する株式報酬の一種で、一定の条件(例えば勤務期間や業績目標の達成)を満たすことで実際の株式として取得できるもの)やその他の方法による希薄化の可能性もあります。
(出所:セレブラスのPreliminary S-1)
以上より、私には、セレブラスは、実際よりも株式数が少なく見えるように必死になっているように見えます。
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アナリスト紹介:ダグラス・ オローリン / CFA
ダグラス・オローリン氏は、自身が2020年に設立した半導体調査会社ファブリケイティド・ナレッジ社のチーフアナリストを務め、主に半導体関連銘柄とAIセクターの最新動向の分析に焦点を当てています。
ファブリケイティド・ナレッジ社設立以前は、テキサス州ダラスを拠点とする投資会社Bowie Capitalで投資アナリストを務めていました。そして、Bowie Capitalでは、コンパウンダー(長期間にわたって一貫して高いリターンを生み出し、その価値を複利で成長させる能力を持つ企業)とクオリティ重視の投資に焦点を絞って分析 / 投資活動に従事しておりました。
その経験を通じて、オローリン氏は半導体、特にムーアの法則の終焉という変化するストーリーと、それが半導体業界/ 銘柄にとってどのような意味を持つのかに興味を持つようになりました。結果、半導体セクターに対する理解を一層追求するためのプロジェクトとして、ファブリケイティド・ナレッジ社を設立しました。
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