原子力発電の課題と将来性:原子力エネルギーはコスト負担が大きいが、安定性はAIブームによる電力需要を支える上で不可欠?
ダグラス・ オローリン- 本稿では、AIブームで電力需要が急騰し、原子力エネルギーへの注目が集まる中、原子力発電が抱える課題と将来性を詳しく解説していきます。
- 1970年代、アメリカでは原子力発電が次の大きなエネルギー源として期待されていましたが、建設コストや資金調達の難しさから、その成長は鈍化しました。
- ウェスティングハウス(Westinghouse)が開発したAP1000は先進的な原子炉でしたが、コスト超過と遅延により、最終的に2017年に同社の子会社は破産しました。
- 一方で、経済的な負担は大きいものの、原子力は再生可能エネルギーに比べて安定した電力供給を提供できるため、特にAIの大規模運用において注目されています。
※「原子力エネルギー分野の現状と今後の見通し:AIブームによりエネルギー需要急騰!マイクロソフトもスリーマイル島を再稼働!」の続き
原子力とウェスティングハウス(Westinghouse)の衰退
1975年、原子力エネルギーは次の大きなエネルギー源として期待されていました。多くの大型原子炉が次々と稼働を始め、やがて石炭に次ぐアメリカの主要なエネルギー源になると考えられていたのです。
(出所:ウェスティングハウスのPWR)
しかし、当時のアメリカ人は、その時点が原子力のピークであることを予想していませんでした。1974年には12基の原子炉が新たに稼働し、1980年代半ばにも原子炉の稼働ピークがありましたが、チェルノブイリ事故などの影響で人々の不安が高まり、原子力エネルギーの拡大は徐々に鈍化していきました。
アメリカの原子力発電所の大半は1970~1980年代に建設されており、1974年には12基の原子炉が稼働を開始
ただし、原子力の減速は、これらの重大な事故が起こる前の1970年代からすでに始まっていました。その理由は何だったのでしょうか?
AP1000の失敗
AP1000(ウェスティングハウスが設計した最先端のPWR)の失敗(Nukegate:米国サウスカロライナ州で計画された原子力発電所の建設プロジェクトに関連するスキャンダル)について詳しく説明する前に、まず原子力発電所のデメリットについて触れておきましょう。1970年代になると、アメリカでの原子力発電所の建設期間が急激に延び始めました。下記の「一夜で完成した場合のコスト」(overnight costs)とは、原子力発電所が一晩で完成したと仮定した場合の総コストを指しますが、このコストは1970年代を通じて大幅に上昇しました。
(出所:ウェスティングハウスのPWR)
さらに、建設期間も長期化していきました。発電所は大型化し、出力も増大し、また、安全性の向上や設計の簡素化といったさまざまな技術革新が追加されました。しかし、それに伴って市場に投入されるまでの時間がさらに長くなり、これが原子力発電の最大の課題となりました。
(出所:ウェスティングハウスのPWR)
原子力発電所のコストはほぼすべて資本費用で構成されており、「一夜で完成した場合のコスト」が増加すると、プロジェクト全体の費用が一気に膨れ上がり、そのすべてが事前に発生します。原子力発電は優れた技術ですが、調べれば調べるほど、最大の問題は資金調達にあると感じます。
(出所:ウェスティングハウスのPWR)
1970年代を思い出してください。当時は、急激なインフレと高金利が経済の背景にありました。その中で、数十億ドル規模の投資を資金調達するのは非常に困難でした。原子力発電の進展を阻んだ大きな要因は、技術だけでなく経済的な問題でもあったのです。
(出所:Bloomberg)
では、コストが大幅に増加する原因についてもう少し詳しく見てみましょう。最も大きなコスト超過の原因は、建設資材や設備、そして作業員の労働費用といった基本的な要素です。発電所の実際の建設、つまりタービンやNHSS(原子力熱供給システム)ではなく、施設そのものの建設が非常に高額になり、これが総コストの増加につながっています。
(出所:ウェスティングハウスのPWR)
そして、この問題の典型例がAP1000 / Vogtle(ボーグル)発電所です。AP1000の建設は、設計が完了する前にボーグル(アメリカ・ジョージア州にある原子力発電所「ボーグル原子力発電所」の名称)で始まりました。当初の計画では、バルブやポンプ、配線、土地の使用量を減らし、他の第III世代原子炉よりも低コストで建設することを目指していました。また、AP1000には受動冷却システムが追加されており、これにより安全性が非常に高くなっていました。
結局のところ、AP1000は高度な技術を駆使した、受動冷却機能と大規模な経済効果を備えた「最先端のPWR原子炉」として開発されました。しかし、建設費は一夜にして当初の14億ドルから35億ドルにまで急増し、予想外のコストがかかることになったのです。
(出所:ウェスティングハウス)
ウェスティングハウスは2006年に東芝に買収され、この買収がプロジェクトの進行を遅らせました。ウェスティングハウスが誇る最高の技術であるAP1000は、最先端の原子炉設計でしたが、最終的に2017年に子会社を破産に追い込みました。しかし、この設計は中国で採用されたCAP1000として進化を続けています。
ただし、1970年代に原子力発電所の建設を遅らせたのと同じ問題がボーグル3/4号機にも影響しました。ボーグル3/4号機は、アメリカ・ジョージア州にあるボーグル原子力発電所に建設された2基の新しいAP1000型原子炉のことです。これらは、既存の1号機と2号機に続く第3号機と第4号機で、最新の安全技術である受動冷却システムを採用しています。
ボーグル3/4号機は、アメリカで約30年ぶりに建設された新しい原子炉ですが、建設期間の遅延や資本コストの膨張により、総費用が大幅に増加しました。これらのコストの一部は「初号機コスト(FOAK: First Of A Kind)」として、時間が経つにつれてコストが削減されることが期待されています。
ボーグル発電所の多くのコストは、実際に「初号機コスト(FOAK)」に該当するものであり、次に建設されるAP1000型原子炉は、30~50%の投資税額控除(ITC)とLPOローン(ローン保証プログラム)の対象となります
例えば、ボーグル3号機から4号機にかけては大幅な改善が見られ、これにより、今後アメリカで建設されるAP1000の総費用は約75億ドル程度に抑えられる可能性があります。
ボーグル3号機と4号機での改善点
DOE(エネルギー省)は、IRA(インフレ削減法)やDOEのLPO(ローン保証プログラム)による最近のコスト削減により、規模の経済や建設サイクルの改善がない場合でも、原子力発電のコストを1MWhあたり約96ドルまで引き下げることができると予測しています。これは、新たに導入されるエネルギー源と比較して競争力があり、再生可能エネルギーよりもはるかに安定した供給が見込めます。
仮にボーグルのコストが2024年時点で増加したとしても、次のAP1000型原子炉はIRA(インフレ削減法)の恩恵により1MWhあたり100ドル未満になり、さらにコスト削減が進めば約60ドルにまで抑えられる可能性があります。
LCOE(均等化発電コスト)は、原子力の場合、資本コストを含めた発電コストを示しますが、LCOEは通常、80年の寿命を持つ原子力発電所の総コストを十分に反映しきれないことがよくあります。原子力発電は、クリーンなエネルギー供給として非常に優れた選択肢ですが、依然として莫大な資金が必要であるという課題が残っています。
コスト削減が進んでも、原子力は太陽光や風力と比べてコスト競争力において圧倒的ではありません。
図1:世界における均等化発電コストの推移(2009年~2022年)
(出所:MEIC.org)
とはいえ、原子力は安定性に優れており、これは風力や太陽光にはない特徴です。AIとの相性も抜群です。AIの大規模なトレーニングや推論には、常に稼働できる100%のアップタイムが理想的です。最近のPJMオークション(アメリカ東部と中西部にまたがる広範な地域で電力市場を運営しているPJMインターコネクションが主催する電力取引のオークション)では、地域全体の電力供給価格が、前年の1MWあたり28.92ドルから269ドルに急騰しました。この10倍以上の価格上昇は、原子力が繁栄するための条件を作り出したのです。
原子力は、カーボンニュートラルな電力網において、他にはない独自の価値を発揮
AIは真のゲームチェンジャーです。数百万台のGPUクラスターを設置する場合、電力の確保とその密度が非常に重要になります。複数のハイパースケーラー企業が、1GWを超える規模のクラスターを計画しており、米国の電力供給はこの10年間ほぼ横ばいのままです。
AIは新たに生まれる電力需要の主役であり、再生可能エネルギーを活用するには膨大なバッテリーが必要です。AIは大規模な電力供給を必要とし、安定した電力が必須です。大手企業はみな原子力に関心を示しており、今こそ原子力が脚光を浴びる時期です。
次回のレポートでは、SMR(小型モジュール炉)や、なぜ今原子力が注目されているのか、そしてさまざまな燃料の種類について詳しく解説します。本稿では、市場の詳細に入る前に、まず原子炉の基本を理解してもらいたいと思いました。SMRを理解するためには、まずPWRの知識が不可欠です。
この話題について、今後さらに多くの情報が出てくるでしょう。では、次回のレポートも、是非、ご覧いただければと思います。
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出所
DOE Pathways to Commerical Liftoff: Advanced Nuclear
Westinghouse PWR: The rise and fall of a dominant design in the electric power industry
Boiling Water Reactor Technology - International Status and UK Experience
アナリスト紹介:ダグラス・ オローリン / CFA
📍半導体&テクノロジー担当
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